ロンドン日記

ロンドンで学生してる日本人の気ままなおたくライフを綴ります

let’s talk about it but slowly,,,,

こんにちは。

今日は真面目な話です。

今、アメリカで起きてる問題についてのブログです。この記事は公開後、予告無しに編集されることをご了承下さい。(私の知識や意見が変わるかもしれないし、情勢の変化によって全てが変わるかもしれないからです。)

それでもこのブログを書くのは、私が今、何を思っているかを書き残すことが大切だと思ったから。

 

f:id:mrmrm7777:20200605004356p:imageまず、私が話したいことの一つがこれ。

ミュージカルヘアスプレー のクリエイター陣がキャストは元々の台本に書かれている通りの人種でキャストされなければならない。という声明を出しました。

 

これについて、大抵の人は

へーそうなんだ。まぁヘアスプレー って、黒人差別に反対する話だしね。黒人が黒人の役を演じた方がいいよね。と思うのではないでしょうか。

 

でも、それは果たして人種差別を無くそう、という目的を果たすの?

 

たとえ、今回この声明が発表されたことが、黒人の方のアートやカルチャー、職業を守るためであったとしてもです。私は、それに疑問を抱きます。

 

これは、ミュージカルヘアスプレー 日本版初演が決定してから発表されたクリエイター陣のレターです。

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ここには、

「本人の肌の色とは異なる役を演じている出演者がいるとしても、 “不信の一時的いちじてき停止ていし”という、いつの世も変わらぬ演劇的概念にのっとり、出演者の人種的な背景(あるいはジェンダー)を見るのではなくストーリーを味わっていただきたいと考えています。そもそもこのミュージカルのテーマは、物事を外見では判断しないことなのですから! 演出やキャストが優れていれば(そうであることを期待しています!)、そういったメッセージは明確に伝わるでしょう。そして観客の皆様には、楽しみながらそのメッセージを受け取っていただけましたら幸いです。」と書いてあります。

 

なのに、このレターが出された数ヶ月後には全撤回!?

 

人種的な背景ではなく、中身を見て欲しい。物語を感じて欲しい。それが、クリエイター陣が望むことではなかったの?

 

日本版ヘアスプレー 初演が発表された頃、1番心配されたのが黒人差別を大きなテーマとして取り上げる今作品でどのように肌の色の違いを表現するか、でした。

私の通っていた日本の学校では、黒塗りというメイクアップを使って黒人チームと白人チームで表現をしていました。ですが、それは果たして正しいことなのか。お金を取る商業ミュージカルでは不適切なのでは?という議題でした。

 

ファンがそんなふうに心配している中、渡辺直美さんと三浦宏規さん、クリスタルケイさんなどその他大勢の日本を代表するスターたちがキャストと発表され、先程のレターが発表されたのです。黒塗りはダメだけど、誰が演じてもいいはずだ、という趣旨の文が。

それなのに、今のままではもう日本版ミュージカルヘアスプレー が上演されることは無理でしょう。日本で白人キャスト、黒人キャストを揃えて日本語ミュージカルをするのは、かなり無理な話。

 

正直に言います。私は怒っています。なんで。こんなこと言うなら、じゃあ、世界で上演されているアジア人をフィーチャーしたミュージカルにアジア人以外をキャストするな!!!と言いたくなります。

 

例えばミスサイゴン 。ベトナムが舞台のミュージカルですね。ベトナム人のヒロインとアメリカ人の白人男性が出会い、恋に落ち、男が最低な裏切りをする悲劇です。(こんな言い方をしますが。私が1番好きなミュージカルです。)

今後一切ヒロインは純粋なベトナム人しかキャストしない、そうプロダクションが発表したらアメリカ、イギリスの世間はどう反応しますか???

 

他には蝶々夫人。マダムバタフライともいわれますね。

オペラとして有名なこの作品ですが、今後一切ヒロインは日本人しかキャストしない!と世界中のオペラ座が発表したらどう反応するのでしょう。

 

 

私が言いたいのは…

 

人種、肌の色で役を選ぶのは間違っている。と言うこと。

 

確かに、私も舞台を見ていてこの母親からこの子供が生まれてくるのはあり得ないだろ…と思ったりすることはあります。でも、今の世の中で正しいとされているのは、役者がやりたい役を選べる自由が存在することなのです。

 

例えば日本人の役者が、黒人の役をやりたいと言ってオーディションを受けても、お前は肌の色が黒くないからダメ。といわれるのは間違っていると言うこと。

 

肌の色でなく、演技力や、歌、踊り、つまりは実力で勝負するのが役者の世界。そうであるべきなのです。

 

私も海外生活が長いので、いろいろな経験があります。

アメリカの高校で、貴女は日本なまりの英語だからわかりづらい!!とミュージカルのリハーサル中に監督から怒鳴られたこと。日本で買ったパソコンを使っていたら、キーボードが変だね。と先生に揶揄われたこと。逆に、日本人なのになんで英語話せるの!?と言われたこと。コロナが流行ってからは、アジア人は道端やお店で敬遠された事。たくさんたくさん、差別された経験があります。本当に、日本で暮らしていたら経験することはなかったことばかり。

アメリカで暮らしたいた間、私が1番疑問に思っていたことがあります。それは、なぜ高校や大学の集会では盛んに黒人を差別してはいけない!と言うディスカッションが行われ、キング牧師の記念日には丸一日黒人差別の歴史について語り合うのに、アジア人やヒスパニック、他の人種については滅多に話さないのかと言うこと。

だってアメリカ人じゃないから。と言われたこともあります。でもさ、アメリカ人でもアジア系で差別を受けている人ってたっっっっっっ沢山いるよね?

私を差別して馬鹿にするのはOKで、黒人差別には怒り、デモに参加して、インスタに同じ気持ちをシェアしてない人はもう友達じゃないからアンフォローします!とか言っている高校の同級生たちを見て、私は何も言えなくなるのです。

私がインスタに何も投稿しないからって、何も考えてないわけじゃないです。

確かに、今回の事件の発端になった警察による不当な殺人は私も憤りを感じ、世の中を変えなくてはいけないと思いました。でも、何かが引っかかる。

それが、私が何もアクションを取らない理由。

これからのニュースで私の気持ちも変わるかもしれない。でも、今はこう思っているんだ、と言うことをきろくにのこします。

 

では、アデュー